中国で見つけたガラクタ 第二章

1986年中国初上陸以降、中国や台湾で発見した「ガラクタ」の様な出来事を紹介するBLOGの第二章です。

西安(八路軍西安弁事処記念館)

八路軍とは、一言で言うと共産党紅軍のことですが、この八路軍西安弁事処(べんじしょ)は西安における中国共産党の駐在員事務所みたいな所でした。
たしかに昔上海で事務所を作ったとき、工商局には「上海弁事処」で登記しました。
でも「弁事処」は格好悪いので、本社に対しては「事務所」と名乗っていました。


1936年12月に西安事変がおこり第二次国共合作が始まりましたが、それを契機に中国共産党紅軍3万人が、国民革命軍「第八路軍」に改編され、山西・河北・山東の戦闘区域を担当することになったのが名前の由来です。
このように八路軍は公式には国民政府軍事委員会の指揮下にありましたが、実質的には共産党が直接指導する軍隊でして、抗日戦争ではゲリラ戦を展開し日本軍をおおいに悩ませたそうです。
日本敗戦後、中国ではすぐに内戦が始まりましたが、1947年3月、八路軍は新四軍などとともに中国人民解放軍に改編されました。


西安における共産党の活動を語るとき、国共合作が最初に思い出されます。
蒋介石率いる国民党は日本軍と戦わずまず共産党をつぶして、中国を統一することを第一義に活動しておりました。
しかし日中戦争でにっちもさっちもいかなくなり、ついに国民党は共産党と一時停戦し、一致団結して日本軍と戦うことを取り決めたのが国共合作です。
一度はこの国共合作はつぶれたんですが、蒋介石を拉致し、うんと言わしめた場所が西安(西安事変)です。
そういった意味で、西安は革命の激震地だったわけです。

写真は八路軍西安弁事処跡ですが、ここに周恩来首相が座って種々指揮を取っていたかと思うと感無量です。

八路軍2

八路軍1

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